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 MS-Access2000超入門部屋--MS-Accessが誕生した時代の背景
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MS-Accessとは、マイクロソフトという会社が作って出している「リレーショナルデータベース管理システム」という類のソフトウェアです。。。っていうのは、改めて書くことでもないか。そりゃみなさんご承知ですよね。

Accessは、1993年に始めて世に登場しました。いわゆる「ダウンサイジング」の真っ只中・・・ですよね。たしかこの時代は。。もう死語の世界の言葉なんでしょうか。ダウンサイジングって。

会社の中には、いろんな業務が動いてますよね。給与の支払、会社の売上管理、スケジュール管理、経理業務、工場の生産工程管理、社内の備品管理や交通費の支払・・・規模はさまざまですけど、「会社」ということで複数の人間が仕事をするという場所には、ほんとにいろんな仕事が発生すると思います。

こういう仕事をコンピュータで処理しようという場合、その目的の大半が「人の手をかけたくないから」ってことじゃないかなと思うんですけど、どうでしょう。コンピュータなんかなかった時代から、会社でやってる仕事の内容なんて対して変わってないと思うんですけど、取引先の数が増えたり、伝票の処理がかなり複雑になったりして、「コンピュータ」という正確な機械に頼った方が合理的に仕事が進むから、ってことが、システム化への最初の一歩ですよね。


コンピュータの中身は、「データ」と「プログラム」に分かれています。まず、その業務に必要な「顧客データ」とか「社員情報」とか「勘定科目データ」とかを保存するための「データベース」というものを、コンピュータの中に作ります。

まあ、月並みですが、一覧表とか台帳とか早見表とか伝票とか顧客ファイルとかそういうものがデータ、それを見たり調べたり探したりしまったり別のメモに書き取ったりする人間の行動のことをプログラムと呼ぶようなもんですね。

Excelなんかを使ってると、この区別ってぜんぜんする必要ないですよねぇ。だって画面開くとすぐデータの入力ができるようになってるし、ツールボタンクリックすれば並べ替えとか印刷とかすぐできちゃうし。こういうパソコン用のソフトっていうのは、そういう工夫してあるので、最近はとんとこういう考え方もご無沙汰みたいですけども・・・。


え?Accessの話はどうしたって??まあ・・・ゆっくりやりましょうよ。

で、その「データベース」から必要なデータを取り出して印刷したり、新しくデータを追加するための「プログラム」というものを、CとかBASICとかFORTRANとかいうコンピュータ言語を駆使して作るわけです。作り方や必要なものは、どこのメーカーの何というコンピュータを使っているかによって、はっきりいってばらばらです。

コンピュータの中に、社内で利用するデータベースと、それを使うためのプログラムが揃います。そして、「端末装置」と呼ばれる機械から、各部署の社員が決められた操作を行って、交通費の精算だの売上入力だのやるわけです。

社内の業務のシステム化とは、本来こういうものだったと思います。利用するコンピュータも、営業所や拠点がが複数あったり、数人で手分けして入力する場合などは、「ホストコンピュータと端末装置」という形を作ることができる「オフィスコンピュータ」や「汎用マシン」と呼ばれる大型のコンピュータが利用されてきたわけです。

こういうコンピュータの中では、数ヶ月かけてシステム化することは当たり前だし、決まった操作をすれば決まった処理ができるように、きっちりプログラムを作り込むものだったのです。もちろんかなりお金もかかります。難しい問題もおこりそうです。

この頃の「会社の中でのパソコン」というのは、ワープロとか、社内のちょっとした会計資料を印刷するための表計算ソフトを使うとか、「スタンドアロン」と呼んでましたが要するに「ひとりで個々に使う」ものだったわけですね。



ところが、Windowsというものが世の中に出回り始めた頃から、この辺の様子が少しずつ変わってきました。1990年に入ったあたりからでしょうか。思えばまだ10年そこそこってとこなんですね。いやはや、すごいもんです。

コンピュータというものは、とにかく高価なものでした。パソコンだって高かったですよね。でもそれはまだ「利用者が少ないから」値段を高くせざるを得なかった、っていう経済的な事情もあったと思います。難しいことはわからんですが、多分、通常の流通のロジックなら、たくさん消費されればそれだけ価格も下がっていくことになり・・・ますよね。

なぜ利用者が少ないか・・・企業でも個人でも、そんなに必要性がなかったってこともあるかもしれないですが、やっぱし「むずかしい」からでしょう。買って来てすぐ使えるってわけにはいかなかったし、思うように利用できるようになるまで、いろんな設定とかやんなくちゃいけないし、例外は多いし・・・。ある程度心得のある人でないと手を出せるようなシロモノではなかったのです(ん?日本語おかしいかな。。。)

そうすると当然、冷蔵庫や洗濯機のように一家に一台!みたいなのりでがんがん売れるものじゃない・・・とすると値段もやや高め、うーん、高いなぁ。我が家は別に買ったところで使い道もないしな、ということで、1台あたりのお値段は、おそらく今の10倍くらいあったんじゃないかなと思います。

それともうひとつ。所詮は「パソコン」。「電卓の延長」。ワープロやちょっとした資料作りには利用できても、このマシンスペックではとてもじゃないけど社内の業務システムを動かすだけの能力がない。ハードディスク10MB、記憶媒体は5インチのフロッピーディスクで640KB、基本ソフトが主記憶域に読み込むことのできるプログラムのサイズはせいぜい400KBくらい・・。狭い・・・。

これをあっというまに「うめてしまった」のが、Windowsってやつなんだろうな、とわたしは思います。
一番最初にWindows2.1ってものを見たときは、なんじゃこりゃ、と思いました。画面はきれいだけど、なんか窮屈だし、処理は遅いし、何のためにこんな狭苦しい画面でワープロを使ったりしなきゃならんのだ???と、ぶりぶり文句いいながら使った記憶があります。今までにも勢いだけで一発で沈んだソフトいろいろ見てきたので、「これも一発屋だな・・・異邦人〜だな」と、今じゃとても声に出して言えないようなことを平気で口走っていました。



Windowsの3.0っていうのが(すぐ3.1が出ましたが)出たとき、世の中は少し動きました。
それまで、パソコンをコントロールする基本のソフトというのはDOSというやつで、こいつが、一度に扱うことができるプログラムの大きさが640KBと決まってたんですね。メモリってのが600MBくっついてても(そんなのはなかったですが)使えるのは640KB。1MBにも満たないんです。

600畳の大広間を自由に使っていいですよ、といわれてるのに、「いや、自分はこれだけで結構です」といって0.64畳分を使って生活しようとしている慎ましいやつだったわけですね。

で、640KB全部使えればまだよかったんですが、まず自分自身がそこに座りますよね。これがだいたい150KBくらいとすると、空いているのはあと490KB。パソコンですからプリンターを使ったり、日本語の変換をするための「日本語変換ソフト」みたいなのを持ち込んだりしますんで、そういうのが20KB30KBとちょこちょこ場所をとっていきます。

じゃあ、空いているところでワープロでもやるかな・・・と思ったら、あれま、もう300KBしか空いてない。0.64畳の畳の上の半分近くが持ち込んだ手荷物置き場になってしまって、紙を広げるところが少ないな・・・。

狭いところで作業しますんで、「50ページ分の文章を作ろう」なんていった日にゃあーた、改ページするだけでえらい時間がかかってしまいます。狭い狭いキタナイ散らかった机の上だと、仕事はかどりませんよね。机の上かたすのが面倒なので会議室の広い机の上借りて資料整理したり、みなさん、そういうご経験ありません?

Lotus1-2-3の、DOSのころのやつなんて、セルは8128行あったって全部使えるわけじゃなかったです。2000行くらいまで入力すると、もう重くて重くて画面スクロールもまともに動かない。罫線引くのに20分くらいかかったりする。大半の利用者の方が、そんなにいっぱいセルがあることを知らずにお使いになってたんじゃないでしょうかねぇ。

わたしのパソコン、64MBもメモリつけてるんですけど、この間お仕事でお世話になった会社で、1台、開発用にマシンを貸していただいたとき、「ゴメンナサイね〜ふるいマシンで。メモリ128MBしかついてなくて・・・」と言われました。
あれーそうなのねー。



なんか、いつまでたってもAccessの話になりそうもないような気がしてきたでしょう。わたしもそんな気がしてきました。わたしはいったい何を書いているのか・・・まあいいや、ここまで話しちゃったし、もうちょっと書かせてください。

でも、それまでは640KBで十分だったんですよ。べつにこれを「窮屈だなぁ」と思うような処理をパソコンでやることもなかったんで・・・。だんだん世の中の流れで、「手書きの文章よりワープロの印字で資料作成」なんて動きが少しずつ出てきた頃で、ほんの少しばかりDOSの能力より世の中の動きの方が早かっただけなんです。

で、そのころ登場したのがWindowsです。DOSもWindowsももとはといえばビル・ゲイツさんが作ったもので、出所はおなじなんですけどね。DOSはマイクロソフトが直接売っているわけじゃなく、富士通用とかIBM用とかNEC用とかに作り替えられて売られてましたんで、すみっこにちょっと名前が入ってるくらいだったですね。同じDOSとはいえ、中身はメーカーによってだいぶ違うもんで互換性なんてさーなんのことやらって感じでした。

Windowも最初は、メーカーによってちがうもんだったです。富士通用とかIBM用とかNEC用とかいう名前が箱にばーんと書かれて、ばらばらで売られてました。だから、富士通とIBMとNECのパソコンを持ってる会社さんなんて、今思えばややっこしかったでしょう。CD-ROMも今ほど普及してませんでしたし、ソフトが最初から導入された状態で売られてるパソコンなんてほとんどみあたらなかったから、全部フロッピーディスクでこつこつ導入です。DOSとWindowsと、もろもろのソフトあわせると、ワープロとかで使えるようになるまでにフロッピーディスク40から50枚くらい、ちょこちょこ入れ替えしないとならず、さらに面倒くさかったと思います。

で、このWindowsですが、今まで640KBという慎ましい空間でせっせと仕事をこなしていた地味なDOSの仕事ぶりを嘲笑うかのように、2MBまで作業領域を拡張可能にしました。っていってもそうそううまくいきませんでしたが・・・とにかく640KBの壁を1KBでもうちやぶったということで、パソコン業界に新しい風が吹き始めたのです。

しかしこのWindows3.1、まだ独自では働けません。なんと、DOSの上に乗っかるようにして動いていたのです。DOS導入して、そのうえにWindows3.1も導入して、そのうえにワープロとか表計算ソフトとか導入して使うのです。まー、DOSもWindowsも両方売れる、っつーか両方買わないと640KBの壁をやぶることはできない。むっ、やるな、ビル。

なので、まだこの頃は、多少「640KBの壁」を意識しなければならなかったですね。ちょっとしたことですぐWindowsが起動しなくなったり、よくわからん状況になったりしました。でも、DOSの知識があれば、それもどうってことなかったんです。

とにかく、Windowsが世に出回ったことで、パソコンでもかなりの量のデータを扱うことが可能となりました。パソコンを1台購入して、いろいろな業務に利用する企業が少しずつ増えてきたのです。